2. 第二章 転校生は笑わない
転校生が来たのは、四月の第二週だった。
「水瀬透さん、東京から転校してきました。よろしくお願いします」
颯は教室の後ろから、その少女を見た。
背が高くはなく、制服の袖が少しだけ長くて、黒髪をうなじで一つに結んでいた。顔立ちは整っているが、目が——なんというか、どこか遠くを見ているような目だった。笑っていない。口元は形だけ笑みを作っていたが、目の奥に感情の色がなかった。まるで透明なガラスを通して世界を見ているような、そういう目。
席は颯の隣だった。
担任の先生が「榊原、案内してやれ」と言ったので、颯は昼休みに水瀬透を連れて学校の中を一通り歩いた。職員室、体育館、図書室、購買。透は静かについてきて、必要なときだけ短く「ありがとうございます」と言った。余計なことを何も言わなかった。
颯も余計なことを言わない性質なので、二人の間にはずっと静寂が続いた。それは不思議と、不快ではなかった。
図書室の前で、透が立ち止まった。
「ここ、よく来ますか」と透は聞いた。
「たまに」と颯は答えた。「受験勉強で」
透はドアのガラス越しに図書室の中を見た。「本を読むのは好きですか」
「普通かな。嫌いじゃない」
透は少し間を置いてから、「そうですか」と言った。それだけだった。
屋上への非常階段を通りかかったとき、颯は何となく上を見た。そしてふと、この場所に誰かと来たことがあるような気がした。誰かと並んで——いや、違う。誰かの後ろについて、鉄の階段を上った。
誰の後ろに?
「どうかしましたか」
透の声で、颯は我に返った。
「いや、何でもない」と颯は言った。「行こう」
午後の授業の間、颯は時々視界の端に透を映した。透は授業中ずっと黒板を見ていた。ノートを取った。先生に当てられたとき、正確に答えた。それだけだった。笑わなかった。誰かに話しかけなかった。
休み時間、颯が窓の外を見ていると、透も窓の外を見ていた。
「桜、きれいですね」と透は言った。独り言のように。
「そうだな」と颯は答えた。
透は少しだけ、ほんの少しだけ、眉を動かした。
「あなたは、桜を見て寂しくなることはありますか」と透は聞いた。
颯は驚いた。そんな質問をする人間に、これまで会ったことがなかった。それに——正直に言えば、颯はまさに桜を見るたびに、理由のわからない寂しさを感じていた。
「なぜそんなことを聞く」
透は少し黙ってから、「なんとなく、そういう顔をしてると思ったので」と言った。
颯は返事ができなかった。
放課後、透は真っ直ぐ帰った。誰とも話さずに、一人で校門を出た。颯はその後ろ姿を少しだけ見送った。
何かが、引っかかった。
透の横顔を見るたびに、胸の奥で何かが揺れる。名前もわからない、形もわからない何かが。事故の前から消えているあの穴と、同じ場所で。
颯は首を振った。気のせいだ、と思った。
でも、翌朝学校に来て、透が教室の窓際に座っているのを見たとき、また同じ感覚が来た。
知っている、という感覚ではなかった。
もっと違う何か——たとえば、長い間探していたものが、目の前にある、みたいな。
颯は席に着いて、前を向いた。隣の席からは何の音もしなかった。